デス・オーバチュア
第41話「星光幻想曲」



誰かを愛する、誰かに仕える、それは安心を得るためだ。
愛情も忠誠心も所詮は自己満足に過ぎない。
それが解っていても、私は、私が好きになることができた貴重な存在のために生きたかった。
そうしないと私には生きている意味も目的もないのだから……。
愛されたいなどと思ったことは一度もない。
ただ、愛したい、助けになってあげたい。
それが私の望む全てだった。

私に何の偏見も持たず自然に接してくれた、自由奔放に生きる銀髪の少女。
どこか私と似ている気がする、一緒に居ると落ち着く仮面の男。
私が好きになれた人間はこの二人だけだった。



ネツァクとクロスは無言で対峙していた。
こうやって睨み合いを続けてから、どれだけの時間が流れただろう?
二人はまったく同時に動いた。
瞬時に互いの間合いが零になる。
「ふっ!」
「せいっ!
ネツァクが抜刀と同時に切り上げた剣がクロスの胸を切り裂き、クロスの右拳がネツァクの左胸を打ち抜いた。
「ぐぅっ!」
「ああっ!」
二人は互いに反対の方向に吹き飛ぶ。
そしてかなり吹き飛ばされながらも、二人ともなんとか空中で体勢を立て直し、足から地面に着地した。
「……見事だ、クロス。剣に拳でカウンターを叩き込むなどという馬鹿なことができるのはお前ぐらいだぞ」
ネツァクは左手で左胸をおさえながらも、口元に微笑を浮かべる。
「……それって、もしかして、誉めてるんじゃなくて微妙に馬鹿にしてない?」
クロスは切り裂かれた胸部を手で隠しながら、尋ねた。
「……フッ、ばれたか」
「ああ、このローブお気に入りだったのにな……」
クロスは胸部を隠していた手を離す。
服こそ切り裂かれていたが、クロスの胸には傷一つなかった。
「お前の綺麗な肌に傷がつかなくて何よりだ……」
「あははっ、斬り殺そうとしながらそういうこと言う?」
「偽りのない気持ちだ。私はお前を傷つけたくはない……だが、手加減されるのもお前は死ぬほど嫌だろう?」
「もちろんよ!」
「そういうことだ……」
クロスとネツァクは見つめ合い、互いに笑みを浮かべる。
「さて、じゃあ……」
「ああ、解っている……」
ネツァクは剣を上段に構えた。
紫水晶の刃にネツァクの魔力が注ぎ込まれ、激しい紫光の輝きを放っていく。
「紫光剣っ!」
ネツァクが紫水晶の剣を振り下ろすと、紫色の莫大な光がクロスに向かって放たれた。
クロスを丸ごと呑み込めるほどの莫大な光、だが、光はクロスの真横を通過していく。
そして、一つの建物を跡形もなく破壊した。
「……どういうことか説明してもらおうか、ラッセル?」
ネツァクは紫水晶の剣を鞘にしまうと、紫光が破壊した場所に向かって話しかける。
そこには仮面の男が立っていた。



「どうやら、間に合ったみたいですわね」
ダイヤは目的の場所に辿り着くと、深く息を吐いた。
「……というより、千面衆でもここまで辿り着けなかったわけですわね……無理もないですわ」
ダイヤの居る場所は学園の地下迷宮1000階。
公式記録の最高到達階である999階よりさらに1階下だ。
「確かに、この迷宮の最下層に置くのが、どんな防衛設備や警護よりも効果的ですわ……」
ダイヤは再度深く息を吐く。
ダイヤは床を貫いて、どんどん下に降りていくという反則技で迷宮を攻略したのだが、それでも、ここまで到達するのにかなりの時間を費やすことになった。
「別に転移は封じられてないみたいだから……帰りだけは楽ができるのが唯一の救いですわね」
床を貫くのも、モンスターを倒すのも、ダイヤには容易いことである。
だが、いくら容易かろうと、疲れるものは疲れるのだ。
「……ん? あら?」
室内を見回していたダイヤは見つけてはいけないものを見つけてしまう。
馬鹿みたいに広い室内には、その全面に描かれた魔法陣と特殊な機械しか基本的になかった。
その二つに関しては問題ない。
問題なのは、部屋の隅にあるさらに『下』へと降りる階段だった。
「ふ……ふふふ……最下層じゃなかったんですわね……」
一体何階あるのやら……果てがないのかもしれない?
興味と、それ以上にウンザリとした気分をダイヤは感じていた。
「まあ、とりあえず、目的を……」
ダイヤは室内の中央、すなわち魔法陣の中央にまで移動すると、そこに浮かぶ赤い水晶柱に手を伸ばす。
その時、天井の穴(上の階からダイヤが空けた穴)から七つの影が飛来した。
「あらあら……お兄様ならこう言う時、面倒くせぇ……とか言うんでしょうね」
ダイヤは疲れたような表情でため息を吐く。
飛来したのは、様々な仮面を付けた黒衣の男達だった。
「私の空けた穴を利用されたということは……ひょっとして、この方法を御自分達では思いつきませんでしたの? 真面目に一階一階攻略をされてましたの?」
「…………」
仮面の男達は無言。
しかし、どうやら図星らしいということがダイヤには男達の態度から何となく解った。
「これだから、自ら思考することを放棄して、命令に従うだけの雑兵は……愚かというのですわ」
「…………」
仮面の男達はダイヤを包囲するようにしながら、ゆっくりとダイヤに近づいてくる。
「あら、ひょっとしてお気に障りました?」
「…………っ!」
七方向から近づいてきていた仮面の男達が一斉にダイヤに跳びかかった。
「……光と踊りなさい、その身が果てるまで!」
ダイヤの左手に黄金の光が宿る。
「スターライトワルツ!」
ダイヤを中心に黄金の光が広がり、仮面の男達を呑み込み、室内全てを埋め尽くした。
黄金の光が晴れる。
部屋にはダイヤ唯一人が立っていた。
仮面の男達の痕跡は髪の毛一つ残っていない。
「スターライトワルツ……光輝円舞(こうきえんぶ)……お兄様の技は全て、私も使えます……」
ダイヤは赤水晶柱を右手で掴むと、懐にしまった。
「もっとも、威力はオリジナルであるお兄様の技の十分の一以下に落ちるのですけど……」
ダイヤの視線が一瞬、下への階段で止まる。
「このさらに下に何があるのか……興味はありますけど、またの機会にしておきますわね」
ダイヤの全身が黄金色に輝いたと思うと、室内から跡形もなく消え去っていた。



「……アクセル?」
クロスは、姿を現した人物を一瞬、ファントム総帥アクセル・ハイエンドかと思った。
身長、体型、金髪、全てがアクセルと同じ。
違うのは仮面とレザーコートの色が黒だということだけだ。
別人というより、同じ人物がファッションを少し変えたと思った方が自然な気がする。
「……ううん、やっぱり全然違うわね」
クロスはきっぱりと言い切った。
目の前の男はアクセルではないと。
「答えろ、ラッセル。なぜ、貴様ら、千面衆がここに居る?」
ネツァクは、返答次第では斬ると宣言するように、剣の柄に手を添えながら尋ねた。
「ふん、千面衆はアクセル直属の暗殺集団、アクセル以外の命令以外で動くわけがないだろう?」
ラッセルと呼ばれた男は答える。
ラッセルは、声もアクセルとそっくりだった。
「……そうだな、千面衆はアクセルの私兵集団、親衛隊とでも言うようなもの……だが、貴様個人は話は別だな、ラッセル。貴様はアクセルを『呼び捨て』にする……」
「はっ! 確かに俺は他の奴らと違ってアクセルに忠誠心など欠片もないさ、間違っても心酔などするわけがない。だが、今ここに居ること、ここで行っていることはアクセルの奴の命令さ」
「……では、答えろ。アクセルは、なぜ、ここにお前をよこした? レッド侵攻は私一人に任されているはずだ……」
「七国侵攻の真の目的を果たすためだよ、囮のファントム十大天使様」
嘲笑うような、皮肉るようなニュアンスでラッセルは答える。
「……囮だと?」
「ああ、そうだ、囮なんだよ、お前らは。アクセルははなから、お前らファントム十大天使には囮以上の期待なんかしていない。俺達千面衆が目的を果たすまでの間、それぞれの国の戦力、出しゃばってくるであろうクリアの偽善者共の注意を引き付ける……それがお前らの役目なんだよ」
「…………」
「はっ! ショックか? ショックだよな。愛するアクセル『様』に囮……使い捨ての駒にされたのが、信用されていないのが……って!?」
ラッセルが突然跳び上がる。
次の瞬間、巨大な紫色の光の刃が、先程までラッセルが立っていた場所を薙ぎ払った。
「話は解った……それ以上喋るな、耳障りだ」
ネツァクの剣は鞘に収まったままだ。
だが、紫色の光の刃は明らかにネツァクの剣の放ったもの。
ネツァクが常人には目で捕らえることもできない速度で、居合いのように紫光の刃を放ったのがクロスには『視えて』いた。
「あのな、そりのある刀ならともかく、直剣で居合いなんて非常識だぞ」
「……突っ込むところはそこなの?」
大地に着地したラッセルの突っ込みに、クロスがさらに突っ込みを入れる。
確かに普通、居合いなどは刀のようなそりのある、鞘の中で走らせることができる刃でなければ不可能だ。
抜きっぱなしの抜刀術ならまだしも、斬った後に瞬時に鞘に戻すなどというのはさらに神技である。
「……聞き忘れるところだった。貴様は結局ここで何をしている? 侵攻の真の目的はなんだ?」
「七国全ての地下にある、七色の水晶柱、虹水晶を奪取することだ。次期に迷宮に行かせた七人がここに持ってくるさ」
『ああ、それは無理ですわね』
この場に居る三人以外の声が答えた。
「ダイヤ?」
クロスは声のした方を振り返る。
ダイヤモンド・クリア・エンジェリックが塀の上に腰を下ろして、紅茶を飲んでいた。
携帯用の飲料ではなく、ちゃんとしたティーカップに、今淹れたばかりのような湯気を上げている紅茶をである。
彼女の右手はティーカップを、そして左手は赤い水晶柱を握っていた。
「貴様はっ!? それは……おい、俺の部下をどうした!?」
「ああ、あの方達なら、消えられましたわ。光の中へ……ん、廃墟で飲む紅茶というのも妙な趣があって悪くないかもしれないですわね」
「なっ……貴様が殺ったのか……?」
ラッセルは信じられんといった感じで呟く。
部下である千面衆の実力への信頼や自信ゆえにというより、目の前の少女がどう見ても強いようには……いや、戦える者のようには見えなかったからだ。
誰がどう見ても良家のお嬢様か、お姫様にしか見えない、服装、容姿、雰囲気をしているこの少女が千面衆を……人を殺せるとは思えない。
「クロス、目的は済んだから、私は帰るところだけど……あなたはどうしますの? お友達との用はもう済みました?」
ダイヤはちらりとネツァクに視線を向けた。
二人の間に面識はない。
ただ、ダイヤはクロスからネツァク……というより紫苑のことは聞き知っていた。
「くっ! ならば貴様を殺して取り戻せばいいだけだ!」
ダイヤが千面衆を始末したことを納得できないまま、ラッセルはダイヤに襲いかかる。
「そうそう、私にも……自分の技の一つぐらいあるんですよ」
ダイヤはティーカップを横に置くと、右掌を突き出した。
掌に黄金の光が集まっていく。
「スターライトファンタジー!」
黄金の光で創り出された幻想的な天使達がラッセルを取り巻いていく。
「なあっ!? なんだこれはっ!?」
「あなたを楽園へと導く天使達ですわ。さあ、お逝きなさい、光の国へ」
「なっ! がああああああああああっ!?」
天使達が弾け黄金の光と化し、その爆発的な光の奔流がラッセルの姿を呑み込んだ。
ダイヤは横に置いていたティーカップを掴み、口元に持っていく。
「星光幻想曲……お兄様の物真似ではない、私のオリジナル技ですわ」
光が晴れると、ラッセルの姿は爪一つ、髪の毛一本残さず消え去っていた。
「まったく、ルーファスといい、あなたといい、地道に魔術とか学ぶのが馬鹿らしくなる強さよね」
「私は素人ですから」
ダイヤは剣術も、体術も、魔術も、戦うための技術は何一つ学んでいない。
必要がないからだ。
生まれ持った『強さ』、特殊能力……それだけでダイヤは誰よりも強いのだから。
「自らを鍛えて強くなる、技術を学んで強くなる、そういった努力する才能は人間が魔族や神族に唯一間違いなく優っているものですわ」
嫌味というより、憧れを持っているかのようにダイヤは言った。
「さて、ではクロス、クリアに帰ってちゃんとしたティータイムにしません?」
「て、他の国は……?」
「おそらくもう全ての国が決着ついていると思いますわ……それにそれを確かめるためにも一度戻るべきかと……私と違ってクロスは他の国に行くには一度クリアに戻らなければならないしね」
「う、確かに、あたしは空間転移なんて人間離れしたことできないわよ……」
魔術に空間転移などといった空間を飛び越えて瞬時に移動するような術は存在しない。
瞬間移動……正確に言うなら高速移動といった程度の術が魔術の限界である。
空間転移ができるのは魔族や神族といった高次元生命体、そして、一部の魔法使いだけだ。
クロスの場合、クリアに存在する空間転移のような効果を発することのできる機械を利用するしかない。
ただしその機械……転移装置は、予め同じ機械を設置してある場所にしか移動できなかった。
しかも、転移装置はそれぞれ一セットのみが繋がっており、あらゆる転移装置の場所に好きに移動することもできない。
要するに、クリアからレッドへ、クリアからパープルへ、といった一歩で国と国の間を移動できる近道を七つ作ってあるといったところだ。
転移装置のある場所まで歩かなければならない、一度クリアに戻らなければ別の国への転移装置は使えない、といった行為が時間をとるのである。
「では、帰りましょう。ああ、宜しければ紫苑さんもいらっしゃいませんか? 美味しい紅茶を御馳走致しますよ」
ダイヤは上品な笑顔でネツァクを誘った。



















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一言感想板
一言でいいので、良ければ感想お願いします。感想皆無だとこの調子で続けていいのか解らなくなりますので……。



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